味屋コーポレーショングループ
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味屋コーポレーショングループ創業物語
鳥取県米子市という小さな地方都市にありながら、
日本全国の飲食産業界から注目を浴びる企業・味屋コーポレーショングループ。
ここでは、会社が誕生し、成功を収めるまでを、
創業の父であり、現社長である土井一朗の自らの熱き言葉で紹介していきます。
勝ち負けではない。
いかに強く生きるか、だ。 土井一朗
 生まれは東京、育ったのは鳥取県の米子、で、大学は九州の福岡大学工学部土木工学科。大学時代は、少林寺拳法ばかりやっていました。もともと体はでかいし、中学高校と暴れん坊でしたからちょうどよかったのかもしれない。でも、少林寺で学んだことが私の人生に大きな影響およぼしてるんです。
それまで、ケンカひとつとっても勝つか負けるかという世界で生きてきたのですが、少林寺には「勝ち負け」はないんです。人づくりのための「行」が、少林寺。技術を身につけることで、イヤなものはイヤと言える自信 と勇気を手に入れ、なおかつ、人と人とが協力し合うことの楽しさと大切さを学ぶことが修練目的なんですね。正義なき力は暴力なり、力なき正義は無力なり。極端かもしれないけど、男としてどう生きるか、を教えてもらったような気がします。勝ち負けではなく、自分自身の幸福、そして他者の幸福というものを同時に追求していく。実は、その考えなくして今の存在はないんです。
土木建設に夢を見た男は
夢を摘み取る現実に
押しつぶされた。
 ウチは、父親が板前で、小料理屋をしていまして、調理師会の会長職にも就いていました。で、私も小さい頃から飲食業界の一端に触れることはできた。でも、嫌っていたんですね、飲食業界。で、大学では土木を学んで、ゆくゆくは土木会社を自分で興したかったんです。卒業後、ゼネコンに就職して2年ほど修行。そして、自分で建設会社をつくるために米子に戻って、地元企業に転職。発電所や10年計画総工費400億ほどの大型プロジェクトに4年近く関わりました。その間に学んだのは、すでに土木建設の時代は終わりに近い。さらに、新規参入のむずかしさや、一部で取りざたされる談合体質とかに嫌気がさしましてね。ずいぶん悩んだけど、土木会社を興す夢は志半ばにして頓挫です。これが最初の挫折。
会社を辞めて、世の中見て回ろうと思っていた矢先に、父が倒れました。そして、これくらいならやれるだろうと思ってはじめたのが弁当屋。飲食業界を嫌って飛び出した男が、挫折の果てに舞い戻ってきたわけです。
自分ひとりではない、
みんなのためにという想いが
新しい出会いに結びついた。 土井一朗
  弁当屋をはじめたものの、店売りだけじゃやっていけない。で、外へ営業にでたんです。でも、全然注文は入ってこない。夕方店に戻ってくると、パートさんが待っている。仕事がなくて遊んでいる状態なんです。それを見て、もう一度営業に出かける…。「今日も何もナシで帰ったよ」とは言えない。店の中へ入れませんでした。
そうこうしているうちに、ある医薬品メーカーから話があったんです。新薬発表の際の招待客にだす会議弁当みたいなものができますか、と。ウチでは、そういう高級なお弁当はやっていなかった。でも、やらせてくださいと頑張ったのが、ケータリング事業のはじまりなんです。この成功をきっかけに仕出しビジネスに本格参入。前身は町の小さなお弁当屋さんだった味屋が、現在では山陰ナンバーワンを誇るまでの会社になりました。
あのとき、パートさんのがっかりする顔を見たくなくて、また営業にでたことが、現在の成功に結びついたんだと思います。自分一人だったらとっくに投げ出していたかもしれません。みんなで幸福をつかもうという心が味屋を築いてくれた。その想いは、我々の根本にずっと流れているものです。

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